LIFE STYLE CREATION FOR MEN'S

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今年も1年間ありがとうございました

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今年も1年間ありがとうございました

年末に近づいてから年賀状を書いていたところ、とんだ間違いをおこしてしまいました!謹賀新年と書くところを勤賀新年などという大失態をしてしまいました!もうポストにいれてしまい、とりかえしがつかない恥ずかしいことをやらかしてしまいました!ああーっ!!参った参った。今年は3月に東日本大震災もあり、いろいろと考えさせられる1年間でした。スタッフの白鳥と僕は宮城県の出身と言う事もあり、大震災においては感慨深いものでしたし、自分たちに何ができるのか?それは、宮城で暮らす。家族や友人、そして親戚などに会ったり電話したりすることでした。僕も白鳥も今年は震災後は宮城に足を運ぶ事が多かった1年だったようにも思います。上の写真の母も今年は83歳になり、すっかりお婆ちゃんになりました。そんな母への僕の親孝行は、実家に帰ったときに母の髪をCUTできることが何よりの親孝行になっています。夏に帰省したとき、数十年ぶりに母と兄と外出したときに階段を昇らなければならない場面があり、僕は母の手をとって転ばないように気をつけました。そんな、あたりまえの事を兄が見ていて、母への僕の気遣いに感動して驚いていました。逆に兄がそんな、あたりまえな事に気づいていない事に僕は驚いてしまったのです。美容師というサービス業をとおして、母の髪をカットできたり、日常の中で小さな気遣いができることなど、美容師という職業に就いたからこそできた些細な親孝行が改めて、僕は美容師という職業でよかったんだと思えました。もしも、僕が美容師になっていなければ、母の手をとることもできていなかったし、ましてや家族の髪をカットするなどということはなかったのですから・・・・!震災後、アシスタントが退社してしまい、SAIKAはじまって以来、アシスタントなしでの営業を今年は試みてみました。土日のアルバイトがいるときは別として、ほぼマンツーマンでの仕事ができたことは、これまでにない経験をさせて頂く事もできました。お客様のご予約も重ならないようにおとりして、できるだけマンツーマンで仕事ができるようにしました。そんな初めての事をしたことにより、何十年も通って頂いた常連様のご予約がとれない時も何度もあり残念でなりませんが来店していただけなくなったお客様もたくさんいらっしゃいました。今年1年は、特に震災後は僕も白鳥も思いをひとつにし仕事ができた1年間だったと思います。ご予約がとれなかったお客様には謹んでお詫び申し上げます。本当にご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございませんでした。今年の12月はSAIKAオープンして18年間の中でも最も多くのお客様に来店していただく事ができました。しかし、当日にご予約いただいてご予約がおとりできなかったお客様には大変ご迷惑おかけしてしまい申し訳ございませんでした。2012年は白鳥も僕も心を新たに美容師の初心に帰り技術、接客、新しいデザインなどを1月から1年間のカリキュラムをすでに作成してお客様に喜んで頂けるように勉強していきます。どうか、来年もSAIKAを何卒、宜しくお願いいたします。今年も1年間ありがとうございました。    斎藤嘉弘
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by saika123 | 2011-12-31 10:51 | SAIKA

70年代ロックとファッション

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マークボラン&グロリアジョーンズ
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by saika123 | 2011-12-29 09:05 | グラムロック

70年代ロック (グラムロックの起源を探る)

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マークボラン&グロリアジョーンズ
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by saika123 | 2011-12-29 09:01 | グラムロック

70年代ロック (グラムロックの起源を探る)

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ユニコーン ティラノザウルスレックス (1969)


ユニコーン(Unicorn)はイギリスのグラムロックバンド、ティラノザウルス・レックスの第3作アルバム。ティラノザウルス・レックス時代の中でも人気の高い作品。本作を最後にスティーヴ・トゥックが脱退している。


チャリオッツ・オブ・シルク - Chariots Of Silk (2:27)
アポン・ア・ヒル - 'Pon A Hill (1:15)
シール・オブ・シーズン - The Seals Of Seasons (1:47)
スロート・オブ・ウィンター - The Throat Of Winter (1:56)
キャット・ブラック - Cat Black(The Wizard's Hat) (2:53)
ストーンズ・フォー・アヴァロン - Stones For Avalon (1:35)
ユニコーン - She Was Born To Be My Unicorn (2:34)
ライク・ア・ホワイト・スター - Like A White Star,Tangled And Far,Tulip That's What You Are (3:47)
ロイヤル・クロコダイルズ - Warload Of The Royal Crocodiles (2:09)
イヴニングス・オブ・ダマスク - Evenings Of Damask (2:24)
シー・ビースト - The Sea Beasts (2:24)
イスカリオット - Iscariot (2:51)
ニジンスキー・ハインド - Nijinsky Hind (2:18)
ピルグリムス・テール - The Pilgrim's Tale (2:05)
ミスティ・コースト・オブ・アルバニー - The Misty Coast Of Albany (1:41)
ロマニー・スープ - Romany Soup (5:40)
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by saika123 | 2011-12-29 08:57 | グラムロック

70年代ロックとファッション

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マークボラン&グロリアジョーンズ

ロンドンサイケデリアはグラニーテイクスアトリップからはじまった。ボランはグラニーズの常連でもあり、ロックとファッションを結びつけて行ったのは言うまでもない
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by saika123 | 2011-12-29 08:52 | グラムロック

70年代ロックとファッション

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マークボラン&グロリアジョーンズ

ボラン着用のからだにぴったりしたコスチュームはグラムロックのファッションの特徴とも言える。
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by saika123 | 2011-12-29 08:47 | グラムロック

70年代ロック (グラムロックの起源を探る)

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マークボラン

1962年
ファッション雑誌"TOWN"の9月号に取上げられ、King of the modsとして紹介される。
また、紳士服のカタログでもモデルとして掲載されている。


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by saika123 | 2011-12-28 09:30 | グラムロック

70年代ロック (グラムロックの起源を探る)

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神秘の覇者 ティラノザウルスレックス (1968)

 ティラノザウルス・レックスの2枚目のアルバムです。デビュー・アルバムからわずか3か月で発売されました。この頃のマーク・ボランには詩想が溢れていたのでしょうね。彼が書いていた詩のノートにはまだまだ使われていない歌詞がたくさんあったそうです。

 大たいパーカッションとギター&ボーカルのデュオですし、短いラフな曲が多いですから、ほぼ即興に近いのではないかと思います。そうなると歌詞がそんなに出来ているなら、いくらでも曲は出来ていったんでしょう。それでも粗製乱造ということにはならず、独特の雰囲気の素晴らしい曲ばかりです。

 彼の作る音楽は、妖精やホビットの世界の雰囲気を醸し出しています。マーク・ボランは「僕は都会が嫌いだし、現代生活の現実も嫌いだ。プラスチックなものを見ると嫌な気になる。胸の奥に秘めた思いはとても古典的で、日々の生活からは遠い。」と語っています。ヒッピーとはかなり違いますね。

 実際、彼はヒッピーの格好をしていたもののヒッピーとは一線を画していましたし、この当時はドラッグも嫌悪していたそうです。こんな風体のアングラの星がドラッグをやっていないのは当時としては驚異的なことだったでしょう。

 こんな音楽を聴いていると仕事をする気が失せてきます。そういうと現実逃避だとか言われるわけですが、現代社会の下らなさはしっかりと認識しておいた方がいいと思います。大たい「世間を知る」ということは、子供にやっちゃいけないと教えていること、嘘をつく、ひがむ、そねむ、いじめる、すねる、いばる、などなどから世間は出来ていることを理解するってことですからねえ。

 社会で繰り広げられるラット・レースを下りて雄々しく生きている人々のための音楽かもしれません。

 さて、前作がプロデューサーのトニー・ヴィスコンティの初プロデュース作品であり、イギリス初の8トラックでのレコーディングだったということですから、慣れないところもあったのでしょう。わずか3か月の違いなので曲調が大きく変わったりしていないのですが、全体に随分と作品然としてきました。特にパーカッションの音はすっきりしています。

 01. デボラアローブド
02. ステイシー・グローヴ
03. ウインド・クァルテット
04. コネシュアラ
05. トレロウニー・ローン
06. アズナギール・ザ・メージ
07. ザ・フレンズ
08. サラマンダ・パラガンダ
09. ワンダフル・ブラウンスキン・マン
10. オー・ハーリー
11. イースタン・スペル
12. トラヴェリング・トラジション
13. ジュニパー・サクション
14. シネスコフ・ダイナスティ
15. ワン・インチ・ロック (シングルA面)
16. ニッケルオデオン (テイク1)
17. ウインド・クァルテット (テイク1)
18. コネシュアラ (テイク9)
19. トレロウニー・ローン (テイク1)
20. アズナギール・ザ・メージ (テイク1)
21. サラマンダ・パラガンダ (テイク4)
22. アワ・ワンダフル・ブラウンスキン・マン (テイク2)
23. オー・ハーリー (テイク4)
24. イースタン・スペル (テイク5)
25. トラヴェリング・トラジション (テイク2)
26. ジュニパー・サクション (テイク4)
27. シネスコフ・ダイナスティ (テイク4)
28. ワン・インチ・ロック (テイク3)
(15-28)ボーナストラック
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by saika123 | 2011-12-28 09:23 | グラムロック

70年代ロックとファッション

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マークボラン&グロリアジョーンズ

僕がマークボランを知ったのは1972年の小学校6年生の頃、マークボランという白人ミュージシャンが黒人の女性と常に映っている画像を目にして、子供ながらにこのカップルの存在がめちゃめちゃかっこいいと思ったものだ。
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by saika123 | 2011-12-28 09:17 | グラムロック

グロリアジョーンズ(マークボラン愛人)

#1403 Gloria Jones / Share My Love (1973)
 2011-03-13
01. Share My Love
02. Why Can't You Be Mine
03. Try Love
04. Tin Can People 【YouTube】
05. Oh Baby
06. Old Love, New Love
07. So Tired (Of the Way You're Treating Our Love Baby)
08. Baby Don'tcha Know (I'm Bleeding for You)
09. What Did I Do to Lose You

10. If I Were Your Woman [Original Demo] (Bonus Track)

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1980年代初頭にヒットを記録した「Tainted Love」という曲をご存知だろうか。この曲をヒットさせたのはマーク・アーモンドとデイヴ・ボールの男性2人によるイギリスのエレクトリック・デュオ、ソフト・セル。この曲は彼等以外にもマリリン・マンソン、コイル、インスパイラル・カーペッツ、エロティック・エキゾチック、Put3ska、インピーダンス、プッシーキャット・ドールズといったアーティスト達が取り上げている。マリリン・マンソンを始めとするアーティスト達の脳裏にはシンセ・ポップ全盛の1980年代前半にヒットを記録したソフト・セル版があったと思うが、実はこの「Tainted Love」なる曲はソフト・セル版がオリジナルではなくて、原曲は1964年にある黒人女性ソウル歌手が発表したものだった。その女性歌手の名前はグロリア・ジョーンズ(Gloria Jones)。ちなみに彼女が発表した当時はまったくヒットしなかった。こういう曲をシンセサイザーを利用してアレンジしてしまったのだから、最初に目を付けたソフト・セルの見識も凄かったという事なんだけど。

そのグロリア・ジョーンズなるソウル歌手は1970年代半ばに何故かロック・ファンから突如として注目される様になる。何故か。それは彼女がイギリスのある白人ロック・スターと恋におち、彼の子供を生んで、彼のバンドに参加して、更にその彼の死に遭遇してしまったからだ。その白人ロック・スターの名前はT・レックスのリード・ヴォーカリスト/ギタリストだったマーク・ボラン。マーク・ボランには1970年1月に結婚したジューン・チャイルドというレッキとした妻がいたのだが、1973年のアメリカ・ツアーの最中にグロリア・ジョーンズと出会って恋に落ち、グロリア・ジョーンズはマーク・ボランの子を宿してしまう。1975年9月には息子ローランが誕生。その後も2人の愛人関係が続くが、1977年9月16日にロック界を揺るがす事故が発生する。マーク・ボランはリッチモンドの自宅へ向う途中に交通事故に遭遇。当時助手席に居たマーク・ボランは衝突時の衝撃で後部座席に飛ばれさたという。運転していたのは当時の愛人グロリア・ジョーンズだった。この不幸な事件を契機にグロリア・ジョーンズは事実上引退同然となってしまったのだった。
1945年、米オハイオ州シンシナティの生まれ、ロサンゼルス育ち。歌う事に興味を覚えたのは7歳の時。14歳の時に(当時まだ学生であったが)フランキー・カールやビリー・プレストンらと The Cogic Singers なるゴスペル・グループを結成。このグループは1964年に The COGIC'S 名義(the Church Of God In Christ の略)で「It's a Blessing」なるゴスペル・アルバムを発表している。当時のメンバーはグロリア・ジョーンズ他、エドナ・ライト、アンドレ・クラウチ、ブリンキー・ウィリアムス、サンドラ・クロウチ。シングル盤も発表されたが、グロリア・ジョーンズはこの後、ソロに転じる。1964年、ソングライター/プロデューサーのエド・コッブにその才能を認められて彼女はコッブのレーベル、Greengrass Productions と契約してソロ・デビューを飾る事になる。最初のシングルは「Heartbeat Parts 1 / Heartbeat Parts 1」なるシングル。配給は Uptown Records(当時)からだった。

この後彼女は「Tainted Love / My Bad Boy Is Coming Home」「Come Go With Me / How Do You Tell An Angel」「Finders Keepers / Run One Flight Of Stairs」「When He Touches Me / Look What You Started」といったシングルを1960年代に発表。最初のアルバム「Come Go With Me」も1966年に発表したもののの、大きな成功を収める事なくソロ歌手としての彼女の '60年代は終わりを遂げている。この後、ミュージカルの仕事や作曲の仕事などもこなすなどの多忙な毎日を送っていたらしい。作曲家としては LaVerne Ware という変名で(時に Pam Sawyer と共作という形で)、Jimmy & David Ruffin、Bobby Taylor、Supremes、Junior Walker & The All Stars、Gladys Knight & The Pips、Sisters Love、Average White Band といったアーティスト達に曲を提供?(カバー?)している。自身の作品も発表。それが1973年にモータウンから発表した「Share My Love」である。

On "Share My Love", "Why Can't You Be Mine", "So Tired" and "What Did I Do To Lose You"

■ Lead Guitar - Stan Seymour, David T. Walker
■ Bass - Roderick "Peanut" Chandler
■ Keyboard - Jai Winding
■ Organ - Hubie Heard
■ Drums - Dale Loyola
■ Congos & Percussion - Joe Clayton, Bobeye Hall Porter
■ Tenor Saxophone - Greg Abate, Ernie Fields on "Share My Love"
■ Trumpet - Mike Crawford
■ Trombone - David Stout on "So Tired & What Did I Do To Lose You"
■ Background Vocals - Gloria Jones, Oma Drake & Stephanie Spruill

On "Try Love", "Baby Don'tcha Know", "Oh Baby", "Old Love New Love" and "Tin Can People"

■ Guitar - Charles Grimes
■ Bass - Willie Weeks
■ Keyboard - Jai Winding, Andre Moore, Bill Cuomo on "Tin Can People"
■ Drums - Earl Palmer on "Old Love New Love & Baby Don'tcha Know"
■ Congos - Joe Clayton, Sam Clayton
■ Tenor Saxophone & Flute - Don Menza
■ Trombone - Charlie Loper
■ Trumpet - Chuck Findley, Paul Hubinon
■ Baritone Saxophone - Ray Pizzi
■ Mandolin - Neil Levang on "Oh Baby"
■ Background Vocals - Gloria Jones, Gwen Edwards, Marsha Smith, Marsha Temmer, Laura Creamer, Oma Drake & Jessie Smith

「Share My Love」は1973年のモータウン作品。前作が1966年だから、ソロ歌手としては事実上の再デビュー作品と言ってもいいのかもしれない。実力的に問題なし、のソウル歌手だったが何故か当時は当らなかったが、歌唱能力といい、ソングライティングの能力といい、ある意味、マーク・ボランと出会わずにソウル歌手として活動を継続していたなら、もっと異なる局面が彼女に訪れていたかもしれない。CDは2009年に前年に発足したばかりの Reel Music から登場した。収録は全部で9曲(CDはボーナス・トラック1曲追加収録)。プロデュースは Tom Thacker、アレンジにモータウンの必殺仕事人 Paul Riser。録音には上記の様に多くの演奏家が参加。クレジットから判るとおり、大きく分けて2班(時期を分けて?)によって録音がなされている。この中にはソウル/R&B、ジャズなどのジャンルで活躍したデイヴィッド・T・ウォーカーを初め、グレッグ・アバテ、アーニー・フィールズ、ウィリー・ウィークス、アール・パーマー、サム・クレイトン、 チャック・フィンドレーらが参加。

個別の曲にも簡単に触れてみる。ファンク/ソウル/ノーザン・ソウルのファンだけでなく、ロック・ファン(特にスワンプ系)にもお奨め出来る要素もあるので嬉しい作品なんだ。「Share My Love」はアルバムの冒頭曲。ファンクなグルーヴをベースに管楽器セクションを大胆に配置したニュー・ソウル。イントロが長いのもソウル歌手のソロ作品としては珍しい。アーティスティックな側面からも評価出来るアレンジだ。「Why Can't You Be Mine」はおやおや、と唸ってしまう様なアレンジ。ソウル・ファンは勿論の事、スワンプ・ロック・ファンにもお奨めしたい内容に仕上がっている。黒人コーラス隊をバックにした、ゴキゲンなナンバーだ。「Try Love」は一転、ジョー・コッカーに歌わせてみたい様な渋いバラード・ナンバー。大袈裟なストリングスが導入されても彼女の歌はまったく負けていない。「Tin Can People」も異色。ファンク、ロック、ブルースの要素が混在した、印象としてはハード・ファンク系の女性歌手ベティー・デイヴィス風。

「Oh Baby」は旧アナログ・レコードのB面冒頭曲。前曲でハード・ファンクに決めたら、今度はスパニッシュ風ときた。オーソドックスな定番ソウル・スタイルでない本作の作風に当時の黒人音楽のファンはかなり面食らったに違いない。まあ、私としてはこの様な規格外れの方が面白いのだけれども。曲は途中から、またしてもベティー・デイヴィス風のハード・ファンク調にアレンジ。それでもスパニッシュ風情が導入されているのだから、通り一辺倒のソウル・アルバムを期待している人は面食らってしまうだろう。非常に個性的なアレンジだ。「Old Love, New Love」はグロリア・ジョーンズ単独作品。これぞモータウンといったソウル・ナンバー。甘口のストリングスの導入も効果的。名曲だ。ギターはチャーリー・グライムズ。「So Tired (Of The Way You're Treating Our Love Baby)」はグロリア・ジョーンズとポール・ライザーとの共作曲。ギターはデイヴィッド・T・ウォーカー。

「Baby Don'tcha Know (I'm Bleeding For You)」もグロリア・ジョーンズ単独作による垢抜けた軽快なスワンピー・ナンバー。当時シングル化もなされている。「What Did I Do To Lose You」は本編の最終曲。ソングライティング・コンビの Pam Sawyer との共作曲。彼女の歌唱力にスポットを当てたバラード・ナンバー。これまた大袈裟なストリングス入り。CDにはあと1曲。「If I Were Your Woman」は彼女がグラディス・ナイト&ザ・ピップスの為に書いた曲のデモ・テイク。ソウル・ファンなら是非聴き比べして欲しい。この後、ご承知の通り、彼女には大きな転機が訪れる。彼女が1969年にミュージカル『Hair』に出演した時から既に顔見知りだったマーク・ボランとの関係だ。彼女は1970年代前半の時点でT・レックスの作品にバック・ヴォーカリストとして参加するなど、T・レックスのアルバム制作やコンサート・ツアーに欠かす事の出来ない存在となっていたが、じきに男女の関係となって公私ともどもマーク・ボランと深く関係していく(本妻ジューンとは1973年頃から別居)。

1975年頃からはキーボード兼ヴォーカリストとしてグロリア・ジョーンズはT・レックスに正式参加(それ以前にゲスト参加あり)。結果、晩年のT・レックス・サウンドには黒人音楽のエキスが深く導入される事となる。この時代の作品に「Bolan's Zip Gun」「Futuristic Dragon」「Dandy in the Underworld」 など。また、彼女自身も所属レーベルをT・レックスと同じEMIに移して1976年にマーク・ボランとの共同プロデュースによる「Vixen」を発表するが、1977年に不幸な事故が発生。1978年に彼女は「Windstorm」というソロ・アルバムを発表して健在ぶりを発揮するが、白人ロック・スターを運転中に死去させてしまった黒人の愛人歌手、という世間の視線に絶えられなかったのか、この後彼女は「Reunited」(1982年)、「Gloria Jones」(1990年)といった作品を発表したのみで、自身のソロ作発表には消極的になってしまった。あんな事故がなかれば彼女の音楽人生も今とは異なる局面を迎えていた筈である。

まあ、彼女の存在もソフト・セルの存在によって1980年代以降、再度脚光を浴びる事になったのも事実。1989年にはイギリス・バーミンガム出身の3人組ポップス/ソウル・バンド、ファイン・ヤング・カニバルズが彼女のかつてのシングル、「Tainted Love」のイントロをまんまパクッた「Good Thing」なるヒット・シングルを発表したっけ。CD化は2009年になってようやくだから、これから彼女の評価もじわりと上がっていくに違いない。追伸、こういう傾向のアルバムはこの作品だけのようなので、彼女の他の作品に本作のイメージを重ねるのはご注意を。
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by saika123 | 2011-12-28 09:12 | 70年代ロックファッション