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僕の中学時代

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昭和の中学生は学生帽なんて被っていたんですね?かっこ悪いですね!って、この人だれ??・・・・・・・・中学時代っていうのは、実にいろいろな事を学び、そして将来の基盤は、すでにこの時点で決定したと言っても過言ではありませんでしたね!!中学生時代に学校での成績、素行が悪いと、進学すべき高校は見えています。ようするに、この時点で勉強を放棄したり遊んでしまうと、思っている大学への進学は見えているという事でもあります。ある程度のレベルの大学にすすみたいのなら、中学3年生の時点で、クラスで5番以内にいないと難しいですね。クラスでの平均点より少し高めに設定していないと良い大学への進学は無理ですね。ですから、勉強を放棄していた僕にとって、もはや普通の大学への進学はこの時点ではなくなっていました。自業自得ってやつですね。でも、親や兄弟、親戚を含めて、親族で大学に進学しないなんて、うちの家系的になかったわけで、中学3年の時点で、少しだけ、親には申し訳がないという気持にもなっていました。ですから、高校に入学したら、少しは勉強しようという気持はあったんです。進学する高校は僕の地域からは県立は通える範囲では、たったの2校からしか選択ができませんでした。一つは兄や父が行った隣町の普通高校、そして、もうひとつは、うちの地元にある実業高校です。県立に関しては、この時点では地元の実業高校しか無理というのが自分でもすでにわかっていました。バカは実業、勉強できる子は隣町の普通高校、単純にそういうことです。僕は、実業には行きたいとは到底かんがえていませんでしたので、仙台にある私立の普通科に行くことを自分では決めていました。仙台までは電車で1時間です。私立高校は宮城県ではこの時代は県立の滑り止めです。僕は滑り止めではなく、最初から仙台の私立高校に進学することを決めていました。普通科に進学しないと、美術大学への道は絶たれてしまうと、考えていたからです。しかし、予想に反して、絶対に県立じゃないとダメだという!父の強い説得から、僕は泣く泣く、地元の商業科に進学する事になってしまいました!この地元の県立を落ちていれば、迷わず、仙台の私立に行く事になっていたわけですが、合格してしまったので、仕方ありませんでした。ちなみに、仙台の私立は受けて、落ちる人は聞いたことありません!!・・・・・・・・この時点で、僕は美大に進学することをあきらめて、美術専門学校にいけばいいか!!に、変わっていました。・・・・・・・・中学3年生、それは、人生において、僕はすでに道は決定していたように思います・・・・・・・・・・この時点では、まだ、美容師になるなんて、考えた事ありません・・・・・・・・・・
by saika123 | 2010-03-10 19:59 | SAIKA
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